スペシャルインタビュー 高橋亜紀さん
高橋亜紀さん 写真

高橋亜紀さん
Aki Takahashi

刺しゅう作家。2001~2008年、フランスに住み、刺しゅうを学ぶ。現在は、NHK文化センター、人気のリネンショップ「リネンバード」、自宅アトリエなどで刺しゅうを教えるかたわら、雑誌や書籍で作品を発表。フランスの人気刺しゅう作家を日本に呼び、ワークショップなども主催している。著書に『刺しゅう図案帖―暮らしの中のアンティーク 』(日本ヴォーグ社)。秋には高橋さんと行くフランス刺しゅうの旅が開催予定。新規書籍も準備中。刺しゅう材料やキットを販売するサイト『jeu de fils』も運営。
(www.jeudefils.com)

テーブルクロスやナプキン、ベッドリネンなどに美しい刺しゅうをほどこし、日々の暮らしで大切に使う。それは昔から続くフランスの文化のひとつ。その文化に魅せられ、糸が奏でる美しさに惹かれ、刺しゅう作家の高橋亜紀さんが刺しゅうに本格的に取り組み始めたのは、7年にも及んだフランス滞在の間のこと。その間、フランス人との交流のなかで学んだのは刺しゅうだけでなく、さまざまなフランス文化。フロマージュもそのひとつでした。

フロマージュの相棒には、殻つきのくるみ

「いい香り!」と、フロマージュを取り出しながら幸せな笑顔を見せてくれた高橋さん。緑の葉を皿に敷いて、アンティークの錫の皿に敷き、その上にフロマージュをささっと盛りつけてくれました。

「“フランスにおける母”みたいな存在の友人が、フロマージュを錫の皿に盛っていたんです。その友人の真似をして。私ものみの市で錫の皿を探しました。銀の器はスペシャルな感じになりすぎるし、手入れも大変だけど、これならずっと気軽ですよね?」

フロマージュを錫の器に並べただけなのに、あっという間におしゃれな雰囲気のでき上がり。木製のボードなどに盛るのとは違うシックなフロマージュプレートです。

そして、さりげなく添えたのが殻つきのくるみ。「私の友人たちの間では、フロマージュにくるみは欠かせないものでした。フロマージュと相性がいいのはもちろん、食後にゆっくり時間をかけておしゃべりをしながらフロマージュを食べるから、くるみを割りつついただくと間が持つし、フロマージュを食べすぎずにすむんです」

ハードのものならフロマージュとくるみを交互に口に入れたり、とろり柔らかくなったものならくるみに塗りつけたり。くるみの香ばしさや苦み、ほのかな甘みがフロマージュのおいしさを盛り立てます。日本に帰った今でも、高橋さんが殻つきくるみを欠かさずフロマージュに合わせるというのは納得です。
カマンベール、トム・ド・サヴォア、ブリ、ルブロション
手前から時計回りに、カマンベール、トム・ド・サヴォア、ブリ、ルブロション。専門店のものだけでなく、普段の食事にはより手軽なスーパーで買えるものも合わせるそう。


左)エポワスは冷蔵庫から出し、十分にとろりとさせてからいただきます。(右)パンは薄切りではなく、大きく切ってサーブ。
(左)エポワスは冷蔵庫から出し、十分にとろりとさせてからいただきます。エポワスに限らず、フロマージュは必ず常温に戻して食べるのがおいしく食べるコツ。
(右)パンは薄切りではなく、大きく切ってサーブ。手でちぎりながら、フロマージュと合わせていただきます。かごには高橋さんの作品であるクロスを敷いて。

フロマージュは料理をおいしくしてれる存在

友人に教わったフロマージュ料理で、高橋さんが日本でもよく作るのがタルティフレット。スイスとの国境近く、フランスのサヴォア地方の郷土料理で、じゃがいものグラタンのようなもの。ドーンと迫力があり、おもてなしにぴったりの存在感です。

「フランスでは忙しいときの手抜き晩ごはんなんですよ。昼間出かける日などに作ります。焼く前の状態まで作っておき、帰宅したらオーブンで焼くだけ。このタルティフレットには、必ずルブロションを使うんです。日本ではもっと手軽なフロマージュで作ることも多いのですが、ルブロションで作るとやっぱり本当においしいんですよ」
タルティフレットを焼く前の状態。
タルティフレットを焼く前の状態。ルブロションは1.5㎝角くらいにごろごろと大きく切って、上に散らします。
作り方は確かに簡単。玉ねぎ、ベーコン、ゆでたじゃがいも、タイムを炒めてから、オーブン皿へ。そこへ生クリームを回しかけ、角切りのルブロションたっぷりとのせ、そして隠し味にサワークリーム。後は、塩、こしょうをふり、オーブンできつね色になるまで焼くだけ。こんがり焼けたフロマージュの香りがオーブンから漂ってきて、なんともぜいたく。これとワインがあればお腹いっぱい、気持ちも大満足で、幸せ気分満載です。
「フランス人は、フロマージュをそのまま食べるだけでなく、料理にもよく使います。週末にちょっと奮発して買ったおいしいフロマージュが全部食べきれずに残ってしまったら、平日の料理に使うんです。時間が経って固くなってしまったものは、塩がわりの調味料として便利ですよ。パルメザンチーズを削るのと同じようにして使えばいいんです」
しっかりと焼き色がつくまで焼くことで、フロマージュの香ばしさが際立ちます。
しっかりと焼き色がつくまで焼くことで、フロマージュの香ばしさが際立ちます。このままテーブルへどんと出せるので、おもてなしのときも盛り上がります。
パルメザンの粉チーズはよく使うのに、ほかのフロマージュを同じようにすりおろすという感覚は、まだまだ日本人の食生活にはなじんでいないかもしれません。確かに塩分もうまみも足すことができ、料理の隠し味として活躍しそうです。パスタにあえたり、サラダのドレッシングに混ぜ込んだり。そんな使い方がおすすめだそう。

「キッシュをよく作るフランス人は、切り落としてしまう端っこのタルト生地を冷凍してとっておくんです。そして固くなってしまったフロマージュがたまってきたら、粗みじん切りにしてその生地に混ぜ込んで棒状にし、端から切って丸いクッキーにするんですよ。これ、私も大好きでした」。

残りもの同士で作るクッキーですが、想像するだけでおいしくなること間違いなしです!

ゆったりとしたおしゃべりに欠かせません

刺しゅうをする仲間たちと毎週月曜日のお昼に、時間をかけてランチを楽しんでいたという高橋さん。フロマージュにまつわるフランス的マナーや食べ方は、たいていその仲間たちから教わりました。

「フランスではメインの料理の後にサラダを食べ、その後フロマージュへと移るのですが、フロマージュとサラダをいっしょに食べるかどうか、これはいつも論争になってました。ドレッシングがフロマージュにつくなんてイヤっていう人と、サラダはフロマージュといっしょに食べるものっていう人がいて。話し合いはつねに平行線のままでしたね(笑)」

最後にいただくフロマージュ用にグラス一杯のワインが残るよう、食事をするときに調整することや、盛りつけられたフロマージュを自分用に切り出すときの切り方なども、その仲間たちとの食事のなかで覚えていったのだそう。
「特別なディナーのときならともかく、ワインがなくなってしまったからと、もう1本ワインを開けるなんてことはしません。フランス人はフロマージュ用に上手にワインを残しておくんです。切り方もちゃんと放射状に上手に切らないと『子どもじゃないんだから』と、たしなめられたこともありました」

高橋さんにとって、食事を締めくくるフロマージュは、おしゃべりをしながらの食事を長く楽しむためのもの。ひとり食べてももちろんおいしいけれど、やっぱり大勢でおしゃべりしながら食べるときに幸せを感じます。
高橋さんの作品たち。
高橋さんの作品たち。カルトナージュ(箱作り)も刺しゅうといっしょに教えています。

刺しゅうをほどこした布をフレームに入れて壁に。高橋さんの自宅アトリエの一角。
刺しゅうをほどこした布をフレームに入れて壁に。高橋さんの自宅アトリエの一角。
“あなたにとってフロマージュとは?”との恒例の質問には、「フロマージュはあるとすごくうれしい存在。とくに日本でいろいろな種類が出てくると祝祭!って感じがしますよね。『心をとろけさせてくれるもの』と表現する人もいます」。
心にプラスの作用をもたらしてくれるフロマージュ。今晩の食卓に、いかがでしょうか?
タルティフレットを焼く前の状態。
自宅アトリエの一角。フランスののみの市で買い集めたアンティークのもののコレクションが並びます。手づくりの細かいものも多く並び、つい見いってしまいます。
タルティフレットを焼く前の状態。
撮影/藤本賢一 取材・文/加藤郷子